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話題の本

『外国語学習者の動機づけを高める理論と実践』 廣森友人著

 大修館書店発行『英語教育』(第56巻・第1号、2007年4月/収録)

本の詳細

 外国語習得における動機づけの研究は、1990年頃を境に教育心理学上の諸理論を取り込む方向へ拡大を見せている。心理学の基盤を備える機会の薄い英語分野育ちの研究者にとって、それは大きなチャレンジを強いられる結果となり、勢い、不十分な理論解釈で「学習者の自律」「内発的・外発的動機づけ」などが論じられることが多い。本書は,そのような流れの中で、豊富な文献研究に基いた理論解釈を行い、その上で「英語学習者の動機づけを教師が如何に推進すべきか」という極めて素朴な疑問に正面から果敢に取り組んだ成果をまとめたものである。理論を掘り下げれば掘り下げるほど、実践から遠のくという、この世界の通念への挑戦がそこに見られる。
 本書の理論的枠組みである自己決定理論は、内発的・外発的動機づけおよびその下位区分を体系化したものであり、動機づけ諸理論の中では、外国語教育への適用の最も進んでいる理論の1つである。当理論に従い、自己決定的(すなわち自律的)学習行動は人の持つ3つの基本的心理欲求の充足により促進される、という仮説を英語学習に当てはめ、実践している。そしてそのような仮説が英語学習場面でも成り立つこと、および教育的介入により、それを促進することが可能であることを立証している。本書の特徴的視点である個人差からの分析で、個人の持つ動機づけの種類により、効果的な介入方法が如何に異なるかについて、興味深い指摘が見られる。
 本書は著者の博士論文を基に書かれたものであり、元々は専門性の高い、したがって限られた読者をターゲットとしたものである。通常の読者がこの種の本に期待する「学習者の英語学習動機を高める教授テクニックのリスト」的なものを求めて本書を手に取ると、やや期待はずれの感を持ってしまうのはそのためである。ただし、本書にはそのようなリストこそないものの、専門的な実証研究を「現場教師は何をすればよいのか」という現実的な示唆に結び付けたいという一環した姿勢があるように思える。その意味で、本書の最後に「教育的示唆」としてまとめられたいくつかの提案は、著者にとっても読者にとっても重要な成果である。同時に、本書の理論的枠組みとなった自己決定理論からの示唆、および3つの基本的欲求の充足、そしてそのために考え出されたライティング指導法は、我々が英語を「教え込む」ことに限界を感じたときに、新しい視点をもたらしてくれるものである。
 一方、研究者にとっては、自己決定理論への第一歩、これまでの外国語学習動機づけ研究の概観、そして英語学習動機づけ尺度・心理的欲求尺度、検証的因子分析およびクラスター分析の使用例としてなどの点で、興味深い材料を提供してくれている。

(評者/林 日出男・熊本学園大学教授)

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