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話題の本

『中国農家における公正と効率』辻井博・松田芳郎・浅見淳之 編著

 アジア経済研究所発行『アジア研究』(Vol.47 No.5)2006年5月/収録・抜粋)

本の詳細

 本書は、中国の大規模農家個票データに基づき、計量的手法を用いて行われた実証研究の成果をまとめたものであり、開発のミクロ経済分析の視点から中国農村の実態を解明しようとした野心的試みでもある。  本書は、第T部「ミクロデータによる中国農家経済分析の意義」と第U部「中国農家の公正問題」、第V部「中国農家の効率問題」から構成される。第T部では、本書で主として利用される農家個票データである固定観察点調査(RCFPO:Rural China Fixed Point Observations)の概要とデータ・マッチング手法によるパネル化作業の詳細、さらに大規模な個票データを利用した既存研究のサーベイが行われている。第U部と第V部は、データを利用した実証研究である。(中略)
 本書の最大の貢献は、農村部農村経済研究センターが長年にわたり実施してきた2万戸におよぶ膨大な農家固定観察点調査の20%抽出データから、完成度の高いパネルデータを作成したことである。第T部の分析で十分に示されているように、パネルデータの作成にあたっては、注意深いデータ・マッチング手法がとられている。こうした周到で膨大な作業によって作成されたパネルデータそれ自体が貴重であることはいうまでもないが、煩雑なデータ・マッチングを省略してパネルデータが作成される場合も少なくない現状に警鐘を鳴らすという意義も大きい。
 貢献の第2は、大量のパネルデータに基づく計量分析を通じて初めて得られた新たな知見である。農家の所得構造の変化については、専業農家、第二種兼業農家への「両極分化」が進行していること、農業所得の擬ジニ係数が上昇傾向を示していることが明らかにされた(第U部−2章)。産業としての農業や専業農家育成の重要性が示唆される。また、農村住民の所得格差が主として村内に発生し、村内格差は村間格差を常に上回っている(第U部−3章)(第U部−4章)。沿海部と内陸部という地域格差の構図では地域間での格差が問題であったが、農村内部では格差が大きいのはむしろ地域内であることが明らかにされた。
 貧困の実態については、慢性的貧困は減少しているものの、一時的貧困の増加によって貧困率が上昇した農村が出現したこと、平均所得が上昇した村でも慢性的貧困が増加した事例があるといった知見は、貧困の状況をよく捉えている(第U部−5章)。また、食糧、商品作物所得は貧困の規定要因となっていないこと、農業生産の上昇による貧困削減はあまり効果がないという実証結果は、貧困削減における政策的重点をどこに置くべきかを考えるうえで貴重なヒントを与えている。
 さらに、村営企業のパフォーマンスについての実証結果からは、規模の小さな企業が先に民営化され、重要な企業については民営化に慎重な態度がとられ、労働生産性の低い企業が民営化の対象となったことが明らかになった(第V部−6章)。ほぼ予想された結果であるとはいえ、それを厳密な実証分析で明らかにした貢献は大きい。

(評者/加藤弘之・神戸大学大学院経済学研究科教授)

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